ダブル・サウンド

都内のホテルで行われたテレビドラマの記者発表は大盛況だった。
主演が、人気女優、杉浦奈津子、そして相手役がかつて、奈津子と噂のあった古
池俊也だったのだ。杉浦奈津子が所属する奥野プロの奥野公造は、それが狙いだ
った。そして、もうひとつ理由は、バンド時代、テレビを否定してきたロッカー、
吉野エージが、このドラマの主題歌を担当していることだった。

ソツなく答える俊也と対照的に、奈津子は白けていた。
奈津子は、ボソッと一人言を言った。
「馬鹿みたい」

遠慮のない質問はエージにも飛んでくる。
「テレビを否定してきたロッカーが、どうしてドラマの主題歌を受けたのですか?

「CDを売るためです」
記者たちは、ざわめく。エージが奈津子に呟いた。
「おまえら、くだらねぇな」の一言に、奈津子が切れる。
「あんたは、何様のつもり?魂売ったロッカーこそ、くだらないわよ」
お互いの痛いところを突いた言葉の応酬は、記者たちの前で続いた。

翌日のワイドショーも、スポーツ新聞も「杉浦奈津子と吉野エージの大ゲンカ」
一色であった。
人気女優と人気ロッカーの大ゲンカという話題性を、奥野が見逃すわけがない。
エージの音楽プロデューサーである清水多恵子に手を廻し、エージがパーソナリ
ティを務める、深夜のラジオ番組に奈津子をブッキングしてしまった。

「俺は、くだらないと思ったから、くだらないと言っただけだ」
「その場に出席したあなたも、くだらないってことよ」

2人の辛辣な言葉が自分の胸に突き刺さる。奈津子とエージが、”同じ穴のムジ
ナ”であることに気付くのに時間はかからなかった。しかし、2人は最後まで突
っ張ったまま、譲らなかった。

放送終了後、席を立つ奈津子にエージが自分のアルバムを差し出す。
「気が向いたら、聴くわ」
奈津子は「お疲れ様」も言わず、消えていく。エージは近くにいたディレクター
に苦笑いしながら言う。
「ロックしてるな、あいつ」

トレンディードラマの撮影が始まった。
俊也は、どうでもいいセリフのひとつを変えろと、演出家と脚本家相手にごねて
いる。
彼らしいやり方だと、奈津子は思う。恋だって、そうだ。奥野のセッティングで、
何回か食事し、2人がなんとなく、そういう関係になった時も俊也はわざと無理
を言って、奈津子を支配下に置こうとしてた。たった一回、寝たくらいで。

奈津子は、自分の部屋に帰ってもくつろげないでいた。バッグの中から、CDが落
ちた。吉野エージのアルバムだ。ベッドに寝転びながら、オーディオのスイッチ
を入れた。

エージは、コンサートのリハーサル中だった。
そこで、音楽プロデューサーの清水多恵子と衝突する。
「俺は、客のためにロックを歌ってるんじゃない」
エージのアルバムを聴き終わった奈津子は、自分の心を見透かされているような
気がした。CDのジャケットを裏返すと、エージの電話番号があった。

「これって、ナンパ?」
「感想が聞きたかっただけさ」
「ロッカーも人の感想を気にするの?」
「お客様あってのロッカーだからな」
受話器を片手にエージは自嘲気味に言う。
「売れ線ねらってるシングル曲はいただけないけど、いい曲あったよ。最後の曲」
「俺の一番好きな曲なんだ」
2人はそれから、何分か、無言のまま、相手を思った。

エージは、奈津子をデートに誘った。しかも、ディズニーランドに行こうと言う。
さすがに、顔の知られた人気女優と人気ロッカーがディズニーランドに行けば、
目立つだろう。それでもいい。

「ディズニーランド」の一日は、楽しかった。
畳んでいた羽根が、背中から伸びたような気がした。

数日後、奈津子は奥野に呼び出される。
「どういうことだ?」
「デートしただけです」
「CMの契約があるんだぞ」
奥野はエージと「別れろ」と冷たく、命令した。

奥野はエージとも会っていた。やくざまがいの口調で「うちのタレントに手を出
すな」と脅した。が、エージには逆効果だった。

その夜、エージは奈津子のマンションに行き、2人は愛し合う。
お互いかけていた何かがまるで、ジグソーパズルが合うようにぴたりと合った。

「三越のところにライオンの像があるでしょう?夜中の1時にあのライオンに跨
ると願いが叶うんだって」
「何か、願いある?」
「女優になりたいっていうのが、願いだったけど」
「俺も、ロックシンガーになるのが願いだったけど」

すでに願いが叶ってしまったエージと奈津子にとって、新たな願いを探すことは、
普通の人間の倍、パワーのいることかもしれない。

また、写真週刊誌に撮られてしまった。奥野は、聞く。
「女優をやめるのか?」
「考えさせてください」

同じ頃、エージもまた、多恵子に選択を迫られていた。
「ロッカーが、人気女優としけ込んでカッコイイ?」

2人の愛に嘘はない。しかし、2人の愛にも明日はなかった。
ライブで歌うエージ。ドラマの収録にのぞむ奈津子。その傍らに誰もいなかった。
結局、写真週刊誌には奥野が手を廻し、奈津子の部屋ではなく、深夜のBARから
出てくる2人をリテイクすることになった。そして、2人は今度出すシングル
「ダブル・サウンド」のための打ち合わせをしていた、というキャプション付き
で。

深夜のBAR.用意されたカメラマンが、ドアの外で待っている。
「俺たち、最低だな?」
「うん」
焚かれるフラッシュ。すべてが終わった。

今まで、いつも多恵子についていたレコーディングディレクターの小池聡がエー
ジに言う。
「女一人、守れないようで、何が、ロックですか?」

エージはその夜、午前1時、銀座の三越へ行く。
そこには、ライオンに跨った奈津子がいた。
新しい夢のために・・・・・・




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