第3話:お見舞いから生まれた愛情

目が覚めると、香田美佳は、自宅のベッドに仰向けになってる事に気付いた。

「すいませんね。わざわざ」

と答えるのは、女手一つで育ててきた美佳の母の、翔子だった。
母も女優業で、歌手もこなすベテラン女優だ。
翔子の夫は、青年実業家だったが、会社が倒産して、多額の借金を背負ったまま、
翔子と離婚して、他の女と付き合っている。
彼女が男に対して、気が強いのは、そういう理由があったからだ。

「それでは、今日も、美佳さんが練習に来るのを楽しみにしてます」

佐貫洋子は、翔子に丁寧にそう述べて、香田家を後にした。

「あー、頭痛い。学校休もうっと。どうせ、大学行かないし・・・」

「トントントン!」

「はい?」

母が美佳の部屋に入ってきて、布団を取り上げる。

「後、もう少しなんだから、学校行きなさい!」

「もうちょい眠らせてよー・・・」

「高校は、最低でも卒業しといた方が身のためよ。今の世の中、最低でも、高校
卒業は必須の学歴社会なんだから」

「ハイ、ハイ」

ソツなく答える美佳に翔子は、不安を感じたが、

(まあ、この子なら芸能界でもやっていけそうね・・・)

と思った。

「じゃあ、私は、今日はHKKで歌謡番組あるし、スケジュール一杯だから、こ
れで出掛けるわね」

早朝5時だというのに、芸能界とは大変なものだ。
もう、香田翔子のお迎えの車が来ていた。

「釣りでもしに行くか・・・」

彼女はアイドル女優のくせに、何故か趣味は、釣りだ。
自宅から湘南の海岸まで歩いて5分というマンションに住んでる香田美佳にとっ
て、近くの海で楽しめる釣り程、面白いものはない。
釣りを始めた。相模湾は、穏やかな海なので、満潮になっても、危険になる事は、
それ程ない。
釣りは、男のスポーツ?いや、彼女には関係なかった。
浜辺の岩沿いで捕れるニシンや鰯を焼いて食べるというボーイッシュなところも
彼女の魅力のうちかもしれない。
顔は、端正な美人顔で目もくっきりしていて、二重を主張するような目つきで、
17歳で口紅も似合う大人な女性だった。
そんな香田美佳の唇を奪った男は、彼女の感性からして、許せないはずだった。
が、一日二日経つと、ケロッと何事もなかったかのように忘れてしまう小悪魔的
な要素も持ち合わせていた。
昼食は、捕ってきた魚を焼いて、ご飯とみそ汁で食べた。

「いけない!もう、こんな時間だわ」

時計は、午後1時を過ぎていた。今日は、中野のスタジオで練習が行われる。
急いで、小田急線に乗り、中野のスタジオに向かった。

「遅い!何してんだ!あの小娘は!」

イライラして、香田美佳の到着を待っている新原。
もう既に午後3時になっている。

「すいませーん!ホントごめんなさーい!」

香田美佳がやっと、到着した。

「一体、何時だと思ってるんだ!」

「やだわ。そんな門限を待つお父さんみたいな言い方しなくても」

「あのな・・・」

「これ、差し入れです」

彼女が差し出したのは、ビアードパパのシュークリームだった。

「やれやれ・・・やりづらいなホントに・・・」

「俺は、全然、待ち疲れてないっすよ!先に頂いちゃお!」

矢座明は、強引に香田美佳の持っていたシュークリームの箱を一箱持ってった。

「よし、今日から俺が主役で、第一幕から第二幕までを通しで行うぞ。いいな?」
「ハイッ!」

全員が威勢のいい声をあげた。
練習が始まった。第一幕では、西部劇を舞台にしたミュージカルの主演女優に新
原が演出をつける。つまり、西部劇がこの舞台の本題ではなく、舞台を練習して
いる役者達に演出家が稽古をつける斬新なスタイルだ。新原が主役になるまで、
矢座明が演出家の役だったが、いざ、やってみると、さすが、演出家の方が演出
もうまい。

「この荒野では俺が一番さ♪何より無敵のガンマンさー♪俺の手にかかれば、ど
んなヒットマンもいちころさー♪」

矢座明が歌い、演技した後でバックミュージックを音響がかけた。

「おい、ポール・ウェスト!銃はもっと素早く引っこ抜け。こうだ!」

ポール・ウェスト(矢座明)に演出家が注文する。なかなか、うまくいかない。

怒る演出家。
 
「そんな事で役者が務まると思うか!」

台本を投げつける演出家。 

「やめて!」

アリアンヌ(香田美佳)が仲裁に入った。

「私の愛しい人を傷つけるのはやめてー♪かけがいのない大事な人だからー♪も
し、叱るのなら、向かない役者の私を叱ってー♪」

「何て美しい人だ!君はスターだ!この作品に最も似合う舞台女優だ!」

新原と矢座と香田美佳がくるくる周りながら、上手の方へ行き、ダンサー達が、
カーペンターズのイエスタデイ・ワンスモアをバックミュージックに踊る。

「よし、いい出来だぞ!」

新原が皆を褒めるのは、珍しかった。どういう風の吹き回しだろう。
こうして、第二幕まで何度も演技を繰り返し、今日の練習は、無事終わった。

「新原さん、今日はどうもありがとうございました」

舞台監督兼演出家兼脚本家兼役者という大変な任務に顔色の冴えない新原。

「礼なんか、いらない!」

次の瞬間、新原がドサッとうつ伏せになって、倒れた。

「新原さん!」

皆が心配した。

「誰か、救急車を呼べ!」

ダンサーの一人が叫んだ。

「私が悪いの。無茶な事言ったから」

香田美佳は、落ち込んだ。佐貫洋子が、

「あんたのせいなんかじゃないわ」

「いえ。私はこの人の看病をします」

銀座中央病院に運ばれた新原がベットに横たわっている。
付き添いの香田美佳。
医者が、

「単なる過労です。二三日すれば、元通りですよ」

「よかったー!」

香田美佳は眠っている新原につきっきりだった。
明くる日になって、新原の意識が戻った。
付き添いの香田美佳は、新原の足下ですやすや眠っている。

「俺は、一体、どうしたんだ!?」
(続く)



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