最終話:最高のボランティア

山内家が消されたはずの記憶の中で、あの少年の事を覚えていたのは、残留思念
だった。
それだけあの子への思い入れが深かったのだろう。
その頃、山下茂雄(自称)が存在しない未来へとたどり着いたもう一人の山下茂
雄は、見た事のない未来都市に立っていた。

「この辺は、確か、田園調布のはずだけど・・・」

何が何だか解らないまま、呆然と立ちつくすと、前の方から、老婆がやって来た。
「あんた、もしかして、山下家の坊ちゃん?」

「はい。一応、未来では、そう言う事になってますが・・・」

「山下家の土地は、売却されたよ。丁度、この辺だよ」

「ええーっ!」

「それじゃ、この俺は、一体?」

「あんたは、いつまでも歳を取らないという不思議な少年なんだよ」

「俺は、じゃあ、何のために生きているんだ!」

山下茂雄(自称)は、老婆の肩をゆすった。

「あんたは、ちょっと前まで私のかわいい孫じゃったんだよ。歳を取らないまま、
父親の山下哲郎さんを亡くしたあんたは、歳を取らないというひどい孤独感に包
まれた中、私が拾ってあげたんじゃよ。じゃが、私もいずれは、死ぬんだよと話
をした時、タイムマシーンで21世紀の日本にタイムスリップしていったんじゃ
よ」

「そうか。解ったぞ。俺は、タイムマシーンの環境に慣れず、異次元空間の中で
記憶を無くしてしまったんだ!」

これで、ようやく俺はどうして、あの時、僕を使っていたのか、気付いた。

「私も寿命が近い。歳を取らないって事は非常に孤独だけど、それは、最高のボ
ランティアでもあるんじゃよ。また、子供の欲しがっている家庭へ行っておやり
・・・」

その老婆の自宅に招いてもらった後、老婆は、その言葉を残して、老衰で息を引
き取った。
その頃、過去の世界では、山内俊彦が北朝鮮に帰りたいと言い始めていた。

「せっかく、日本に戻って来たのに、また行っちゃうの?」

「私は、金正和総書記官の忠実な家来」

香織は、ため息をついた。

「もういいよ。この子がこう言うんだったら、北朝鮮で暮らす方が幸せなのかも
しれない」

孝は、そう判断した。
成田空港で、山内家は、記者団に囲まれる中、山内俊彦に最後の別れを告げた。
記者団の連中は、

「俊彦君を北朝鮮に戻す理由を教えてください」

「これからの北朝鮮と日本の関係は、どうなると思いますか?」

うんざりする取材の中、

「俊彦!それでも、お前は、我が息子だからな!」

「そうよ!またあなたが来日する日を待っている」

「北朝鮮の人民の為に私は、祖国の政治家になります」

と山内俊彦は、空へと旅立って行った。
未来の世界では、山下茂雄が、どうしようもない不安にかられていた。

「そうか。俺は、歳を取らないのか。どうしよう。これから・・・」

その時、もう一人、前にもう一つの未来の世界に旅立って行った、山下茂雄が現
れた。タイムマシーンでやって来たらしい。

「何だ。お前か、今頃、何しに・・・」

「僕のお父さんがこれを・・・」

それは、山内家の山内俊彦、北朝鮮の総書記官になると一面に載っていた新聞だ
った。

「お父さんは、どうした?」

「今日、亡くなられました」

「そうか。お前も歳を取らない事は、知ってんだろう?」

「はい。これからは、亡き父の意志を受け継いで、立派な会社の社長になろうと
思います」

「いいな。お前は・・・」

「行ってやってください」

「は?」

「山内家にもう一度、戻るですよ。山内俊彦君がいない日本へ」

「そうか。それが俺の宿命」

こうして、山下茂雄は、山内家がいる過去の日本へと帰って行った。
茂雄が山内家にたどり着くと、老人になった孝と香織が出てきた。

「おじさん、おばさん!」

「茂雄君だね」

「覚えていてくれたんですか。いや、待てよ。それは、おかしい。未来は変わる
もの。何故?」

「君が初めて家にやって来た時、本当に我が子のように思った。いや、俊彦もじ
ゃが。じゃが、やはり、本当の息子はお前だよ。茂雄」

「おじさん。おばさん!」

「いや、お爺さん、お婆さんじゃよ」

「アハハハハ・・・」

山内家に昔も響いた笑い声がこだまする。

「何で、俺が歳を取らない事知ってたの?」

「前にもう一人の茂雄君が来てな・・・」

「全部教えてくれたのよ・・・」

これが最後の会話だった。
歳を取らない未来のきかん坊は、いつまでも、子供のいない家庭を訪れては、最
高のボランティアを共にするのだ。いつまでも(END)




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