2.

夢の中で、和彦は虎視眈々と金様を捕まえてみようと思った。

「人間とは、おごがましい動物じゃのー。ワシは、逃げも隠れもせん。さあ、願
い事を言え。出した金額に応じて、何でも、褒美を与えるぞよ」

「申し訳ございません。金様。僕には、出せる金額など、これっぽっちもありま
せん。何故なら、借金だらけだからです」

「何!お金がないだと!?それじゃ、ワシの元で借金してみるか?なーに、借金
の代償は、厳しい修行じゃ。ワシは、お前の元に毎晩訪れる。その度に修行に耐
えるがよい」

「もしも、願いが叶うなら、爺ちゃんのガンを治してくれますか?」

この話を和彦から、聞いた時、私は、涙が止まりませんでした。可愛い孫が、私
のガンのために、金様の元で修行するなど。秀太の部屋は、ケアハウス伊里ヶ屋
の701号室にある。浅草のすぐ近くの入谷にあるケアハウスだ。ケアハウスに
移る前までは、浅草で文房具屋を営んでいた。勿論、生前、生きていた君枝婆さ
んと一緒に。2000年の10月までは。猿橋文房具屋は、ビートたけしや、林
屋ペー夫妻なども訪れた事が昔、あった。昔のビートたけしは、たけし軍団を率
いていたかなり若い頃に、この文房具屋を訪れた。何の取り柄もないこの文房具
屋でビートたけしは、ボールペンとメモ帳を買ってもらった覚えがある。もしも、
この時に、和彦がビートたけしに会っていたなら、両親は、ビートたけしの弟子
入りを勧めていただろうか?真希子なら、やりかねないが、隆二は、否定的な性
格なので、いちゃもんをつけ、この時点での芸能界入りは、断っていただろう。
どのみち、2004年5月から、和彦は、明治座という劇団に所属している。舞
台俳優として、デビューするにも、致命的なのは、滑舌が悪い事。そして、長所
は、感情表現がうまい事。もし、金様に願い事を叶えてもらいたいなら、何故、
彼は、『滑舌がうまく回りますように』と願わおうとしないのだろう。そこが、
和彦の人がよすぎる所です。私のガンなど、もう86歳となった今では、どっち
みち、この先、長く生きようとも思いませんし、治ったところでどうしようもな
い寿命。それに最愛の妻には、死なれた。もはや、生きる希望などあまりござい
ません。今度、和彦が私のガンを治してあげると話してきたら、私は、もういい。
カズちゃんは、カズちゃんの事だけを考えてくれと話すつもりです・・・。話す
つもりが、もう私は、この事を小説にまとめて、今頃、和彦は、目を通してる事
でしょう。
金様の修行が始まった。和彦は、SOHOワークの仕事をしている。SOHOワークとは、
ホームページを依頼されて、作る職業で、この前、殴られたような警備会社の派
遣のようなリスクはない。ただし、(株)ヘルクに教材費を手数料込みで、84
万円程振り込まなければならず、そのための借金額の返済に困っていた。そこで、
金様は、

「いくら程、ワシから、お金を借りたい?」

「500万円で爺ちゃんのガンが治るなら」

「よし、修行の開始じゃ。今から、そなたにはあるお花畑に行ってもらう。いか
なる邪魔人が入ろうとも、そなたは、花を全て摘み取るのじゃ」

金様から、まばゆい閃光がほどばしる。たちまち、辺りは、見知らぬお花畑に包
まれた。花を摘み始めた。金様は、鎖鎌も用意してくれなかったので、この単純
な作業がどれ程、辛い事だろうか。一本、二本、三本、丁寧に茎ごとチューリッ
プやタンポポなどを摘み取る。すると、

「いっぽーん、にほーん、さんぼーん、しほーん」

と目の前に10歳くらいのかわいい少女が、何やら怪訝そうな顔をして、こわば
った低い声で花を摘み取っていくではありませんか!

「おい!その花は、俺の花だ。よこせ!」

「お兄さん、この花全部やるよ」

「うむ」

少女の声は、可愛らしい高い声に変わったと思うやいなや、

「死本目は、あなたの死じゃ。ふぇっふぇっふぇ」

「おま、え、は、だ、れ、だ!?」

「あの世とこの世を結ぶ脱依婆じゃ」

薄れゆく意識の中で、和彦はしまったと思った。

「俺は、死んだのか!?」

気がつくと、真希子と和彦が病室内にいて、和彦は、パンツ一丁の全裸の状態で
ベッドに横たわっていた。

「俺は、一体!?」

「あなたは、新宿に夜中出て行って、オヤジ狩りに遭ったのよ。全然、覚えてな
いの?」

「これが、金様の試練!?」

「金様?」

「この世の願い事を全て叶えてくれるお金様さ」

「馬鹿ね。そんなものいる訳ないじゃない」

「お金様に祈ってれば、必ず会えるんだ」

「まあ、いいわ。着替え持ってきたから、怪我が治ったら、ちゃんと家へ戻って
くるのよ。でないと、また、ひどい目に遭うよ」

確かにひどい怪我だった。初めて意識したのだが、頭を九針縫って、腕には包帯
が巻かれていた。元々、和彦は、過去に統合失調症を患ってからというものの、
精神安定剤に頼らなければ、眠る事が出来ない体質だ。しょうがないので、看護
婦さんを呼び、薬を飲んだ。程良い睡眠が彼を襲う。

「残念じゃったのう」

「金様!?」

「あそこで花を受け取らずに、黙々と自分で花を摘んでれば、こんな災難に遭わ
ずとも済んじゃのに・・・」

「でも、金様は、全部の花を摘めと・・・」

「人が摘んだ花は、数に入んないんじゃ」

「こんどの修行は、ここじゃ」

再び、金様から、まばゆい閃光がほどばしる。
気がつくと、目の前に大きな川が流れていて、和彦はなんとその水中に・・・。
だが、心配する事はなかった。
金様が、

「この川は、死海と同じ塩分で出来ておる。黙っていても、体は浮く」

金様は、和彦の頭上にいた。

「この川の向こう岸にたどり着かないよう、引き返してくれ。南の方向へ」

南の方向を見ると、明るい光が見える。

「よーし、泳ぎまくるぞーっ!!!」

南に向けて、泳ぎ始めた途端、無数の腕が和彦を掴もうとする。

「ほっ、ほっ、ほーたる来い、あっちの水は苦いぞ」

歌声を発していたのは、またしても、脱依婆だった。
醜いしゃがれ顔に、骨がすける程の肉体、乞食のような服装。
和彦は、何もかも無視して、無数の手をほどいては、南に向かった。
と、その時、和彦の周囲が逆転して、方向が右だか左だか解らなくなった。

「さあ、どっちへ進む。ふぇっふぇっふぇ」

目の前に脱依婆が立ちふさがる。

「どけっ!邪魔だ!」

脱依婆が漕いでる船をひっくり返して、その先に進むと、川の向こう岸だった。
とその時、

「和彦!和彦!そっちへ行ってはダメよ」

と真希子の声が聞こえてきた。

「お母さん・・・」

「やっと、目を覚ましたわね。あなた、くも膜下出血で3週間意識を失っていた
のよ」

「前の怪我が元でか?」

「そのようね」

「やいやい!インチキ金野郎!よくも、こう人を騙したな。姿を現せ」

「和彦?誰と喋っているの?」

「何じゃ?ぎょうぎょうしい」

金様が現実の世界に姿を出したが、その姿は、和彦にしか見えないらしい。

「俺は、二度も騙された。もう、お前の手にはのらないぞ」

「甘いのう。お主は。この世も、あの世も、まだ半分も試練を与えられてないの
に」

「試練!?」

「そうだ。お主のカルマ(業)を果たさぬ限り、500万円は貸せんのじゃ」

「カルマって?」

「そなたが今までにしてきた悪い事じゃ。嘘をついた事。他人を騙した事がある
事。人を悲しませた罪。物を壊した罪。動物を死なせた罪。定期の改変を行って、
詐欺罪になるところをごまかした罪。親から数百万、キャッシュカードから現金
を抜き取った罪。妹や母親から下着を盗んだ罪。全ての悪事がワシには、お見通
しじゃ」

「・・・・・・」

「和彦?幽霊でも見てるの?それとも、病気の幻覚?」

「金様だ・・・」

「金様は、何もかもお見通しだったんだ・・・」

「これから、どうすればいい?」

「これが最後の試練じゃ」

気がつくと、和彦は、見知らぬ病室に移動していた。それだけじゃなかった。手
足が鎖で繋がれている。どうやら、ここは閉鎖病棟らしい。

「いやだーっ!!!やめてくれーっ!!!俺は、病気じゃない!統合失調症は、
ほとんど、治りかけてるんだーっ!!!」

そこへ先生が入ってきた。だが、その顔は、母だった。そして、縛られた体でゆ
っくり天井を見回すと、金様の光が見えた。母の顔をした先生は、

「病院を退院しますか?」

と聞いた。

「当たり前だろ。母さん、冗談はよしてくれよ」

「本当は、あなたの病気は、墓型で、病気が治る確率は、低いと思います。それ
でも、退院したくば、退院しても、結構です。ただし、私を殺してください」

「・・・・・・」

「お願い!刺して!」

医者の姿をした真希子は、メスを胸に当てた。付き添いの看護婦が、鎖を外した。
「僕には、出来ません。母が例え、望んでいる事でも、僕には出来ません」

「出来ない!!!」

和彦は、真希子のメスを持ってる手を払った。

「おめでとう・・・」

どこからか、声が聞こえる。そして、気がつくと、怪我も全快して、以前までい
た病室のベッドに横たわっている。

「和彦。おめでとう。今日で退院ね」

(一体、金様は、何が言いたかったんだろう)

(人の心も金で買えるって、事じゃよ)

「金様!」

蛍のようなまばゆい光で被われている金様は、和彦の心に語りかけると、一旦、
姿を現したが、また、消えていった。

(お爺ちゃんも、決してガンを治してもらいたい訳じゃなかったんだ・・・)

和彦は、伊里ヶ屋ケアセンターに行って、秀太にこの事を全部話した。秀太は、
『ガンの治療も金じゃ買えない』というフレーズでこの小説を執筆した。
しかし、秀太も一度でいいから、金様に死んだ女房を生き返らせてほしいものだ
と思っている。秀太は、2004年度の1月に自転車事故で、くも膜下出血にな
った。おまけに、前立腺を悪くし、ガンにかかっている事は、言うまでもない。
この苦しみをカルマの少ない秀太は、金様から願い事を頼む事が出来るのであろ
うか?



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