第1話:自由主義を語るカタルシス

そのミュージカルの練習は、熱心な演出家が優秀な脚本を自作で手掛けた素晴ら
しい努力の日々になる・・・はずだった。
なのに、一人の高慢稚気な女優が台無しにした。
彼女の名前は、香田美佳。そして、脚本家兼演出家の名前が、新原徹。
歳も違えば、考え方もまるで違う。
新原が27歳に対して、彼女は、17歳で高校に通う女子高生アイドル女優。

「理屈を捏ねないで、演出家の言う通りに舞台を飾ればいいんだ」

と主張する徹に対して、香田美佳は、

「確かに、新原さんの様な脚本は、普通の人には書けないかもしれません。しか
し、新原さんが出来ても、他のみんなが脚本に納得しなければ、演技する以前の
問題だわ」

彼女がこう言ったところで、他の役者は、シーンとなった。何故なら、新原に楯
突く役者は、今まで皆有無を言わず、舞台を降板させられる程、芸能界では、地
位のある演出家だったからだ。
シーンと静寂となった稽古場にまた、余計な口を挟む役者がいた。
彼は、新米のワークショップのオーディションから選ばれた五流役者だ。
彼の名を矢座明と言い、自らつけた芸名でオーディションを勝ち抜いた新米役者。
だが、矢座は、芸能界について、藪から棒に詮索を入れる茶々な男で、藪を突か
れた蛇のように、戯言を言った。

「ようするに、香田さんと新原さんのおっしゃいたい事は、この舞台に舞台監督
と指導者がいなくて、演出が物足りないって、事でしょ?」

「違うよ!」

呆れたを通り越して、シカトこく、新原と香田美佳と「違うよ!」と指摘してく
れた美佳の友人、佐貫洋子(18歳)。
口論は、洋子も仲介して、更に続く。

「新原さんの芝居の付け方が素人にも解るように、丁寧に教えてほしいんです。
杓子定規に囚われてもいい。誰にでも解る演技を」

「そうよ。洋子の言う通りだわ。あなたは、この舞台に妥協してる。舞台は、み
んなで創るものだわ。理想と現実は違うのよ」

「ガーガー言われてもね。とりあえず、やってください。そうじゃなきゃ、全員
キャスト替えするぞ」

「えーっ!!!」

練習に参加していた役者全員が驚愕の態度を示した。

(どうでもいいけど、早く始めようぜ。俺は、疲れたよ・・・)

口には出さず、暗黙の了解を示した矢座明。
彼も新原徹と同じ27歳である。
練習が始まった。
稽古場は、部屋でいうと2LDKぐらいの狭い稽古場である。
本番前の舞台入りは、新春の1月6日から、1月11日の成人の日までだから、
狭い稽古場で役者は、ダンスと台詞と歌唱を訓練しなければならない。
芸能界でも筋金入りの演出家のもとに集まった同志は、平凡な素人役者集団に過
ぎない。考えてみれば、無茶苦茶な話かもしれない。一流の演出家には、一流の
役者陣を揃えるのが、普通なのにこんな素人同然の役者を演出家が扱うとは・・
・。
そこに新原徹の狙いはあった。
この舞台のタイトルは、『演出家の恋煩い』。
一人の自己中の演出家が舞台女優と恋に溺れるうちに、やがて、彼女を舞台の目
の前で告白。しかし、彼女は、『私は、女優よ。指導者と恋は出来ない』と悲恋
した演出家が二股をかけていた女性に嫌われる。やがて、その演出家は、そのカ
タルシスから解放された束縛されない男性として、もう一度、舞台を創りなおし、
一度振られた舞台女優に告白するというミュージカルだ。
だから、新米の役者やら、17歳のアイドル女優やら、練りもしないスタッフを
揃えた。その代わり、舞台裏の裏方は一流だ。スジテレビの一流カメラマン(撮
影係)、大道具(スジテレビ)、小道具(スジテレビ)、音響(音響制作株式会
社ナルスタ)、そして、舞台監督兼演出家兼脚本家の新原徹。
これだけスタッフを揃えたのだから、役者が役者馬鹿であろうと、百姓役者だろ
うとお構いなしなのである。
口論は、洋子のおかげもあってか、多少、指導に柔らかみが出て来た。

「愛だって、お金で買えるさ♪お金が全てのこの世の中で愛しい君を見つけたー
♪」

「それはあなたのエゴでしょ♪あなたはお金があればやり放題♪そんな人と付き
合おうとしてたなんて♪ひどい!うんざり!まっぴらよー♪私は一人の女優。演
出してもらった人のエゴに付き合える訳ないでしょ♪」

「パシン!」

「違う。違う。矢座君と香田君。もっと、二人は矢座君がキスを無理矢理迫ろう
とするところに、香田君が、キスをする直前まで、される振りをしてから、平手
で香田君がぶつんだ」

新原は、強引に香田美佳を引っ張って、演技のお手本を見せた。

「こうやるんだ。キスは!」

その瞬間、若き乙女の唇に新原の熱きディープキスが注がれた。

「何すんのよ!」

「パシン!」

香田美佳の本気の平手打ちが新原に炸裂した。

「そうだ。その活きだ!」

「あなた、今まで恋をした事ある?平気で好きでもない女とキスするって、どう
いう事?」

「それが、この舞台のテーマだからさ」

「はぐらかさないで。代償として、責任取ってもらうわよ」

「責任?この俺が?笑わせるな」

「あなたが、主人公になってもらうわ」

香田美佳の突拍子のない言葉に固唾を飲む一同がいた。
続く



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