第2話:話題が主題へ

「嫌だと言ったら?」

「私が降りるだけよ。何か、ご不満でも。元々、この劇は、『演出家の恋煩い』
って、言うじゃない。あなたにぴったりな役だけど」

「君は、自分で何を言ってるのか、承知の上で理解してるのかね?君には、羞恥
心てものがないのか?俺に惚れたと正直にそう言えばいいだけのものを」

「あなたは、恋を知らない無能な演出家ね。役者から始めた方が宜しくてよ」

「言わせておけば・・・」

新原は、台本を左手でクシャクシャにしながら、悔しがった。10歳も違う小娘
にここまでプライドをズタズタにされては、もともこうもない。

「いいだろう。主役は、俺だ。そして、荒野のガンマンには、矢座明に就いても
らう。依存はないな?」

「あのー、私は二股かけられてるんですよね」

佐貫洋子が冗談を言った。
つもりが、この雰囲気では、誰も笑わなかった。

「俺は、今日から役者として、トレーニングを始めるにあたり、今日のレッスン
はここまでだ」

明くる日の午後、記者会見が開かれた。
報道陣が、『演出家の恋煩い』の発表に鬼気迫るような重苦しい雰囲気の中で、
問い詰めた。

「この舞台では、演出家が自ら主役を買って出たという事ですが、演出家が同時
に舞台に立つとは、どういう事ですか?」

「僕が自ら志願したのです」

「17歳のアイドルを相手に主役を買って、出たという事には何か意義があるで
しょうか?」

「もういいじゃない!!」

スカプロのマネージャーが焦りのあまり、香田美佳を連れ去って行こうとした。

「待ってください!香田さんは、何故、そんなにムキになるんですか?」

会見場を出て行く香田美佳達に報道陣はしつこく食らいつこうとした。

「この舞台は、劇団アルペジオにて発表される楽しく、笑いあり、涙ありのミュ
ージカルにしたいと思ってます。以上」

その翌日のスポーツ新聞、朝のワイドショーでは、『10歳下の女子高生に手を
出した演出家』として、新原徹と香田美佳の嘘の熱愛発覚がマスコミに通された。
ミュージカルのレッスンは、そんなくだらないマスコミに付き合ってばかりいら
れんよとばかり、一昨日から稽古を続けている。
新原は、役を受け継いだその日から、3時間で台本を書き直し、自分の台詞の練
習には、5時間と一睡もしないで、役に没頭したかいもあってか、素晴らしい自
作自演になるくらい練習に励んだ

「私のせいだわ。青二歳がごめんなさい」

「謝ってる暇があったら、役に集中しよう。な?」

いつもは負けん気の強い香田美佳がすんなり頷いた。
別にスキャンダルを起こしたからだとか、そういう事ではない。
新原の人間性に徐々に惹かれていく自分がそこにはいた。
新原は自分の演技を披露しながら、他の役者陣に的確な演出を指導している。

「矢座!西部劇のガンマンなんだから、もっと殺気を漂わせろ!」

「おい!ダンサーの五人!いいか、ここでは、俺の合図で踊りを入れるんだ。そ
れから、歌え!」

「ハイ!」

一同に口を揃えて返事するダンサー達。
新原は、その他のチョイ役、脇役にも目がしぶとい。
徹底した演技指導。
それが、彼の本業だからだ。
舞台第一幕の練習シーンが通しで行われた。
尚、この舞台は、制作発表が始まって、まだ1ヶ月も経っていない。
新春の公演まで後2ヶ月とちょっと。
今年は、割と寒い。劇の練習が終わると矢座が見栄を張って、居酒屋でごちそう
してくれる。ガソリンスタンドで働きながら、見栄を張って、みんなにごちそう
するとは、大見栄の張りすぎだ。
居酒屋『黒木屋』では、ダンサーも含めて、11名もの役者が飲み会をした。

「打ち上げでもないのにな・・・」

ボソッと新原が愚痴をこぼした。
それを聞いていた香田美佳が、

「男らしくないわね。こんな大根役者が豪勢におごってくれるって、言うのよ!
もっと、楽しみなさいよ!」

「やれやれだぜ」

アメリカンチックに両手を上げてチンプンカンプンの振りをする新原。

「まあまあ。抑えて、抑えて。それでは、本日は稽古お疲れさまーっ!!!」

「かんぱーい!」

グラスが一斉に乾杯の合図を辿った。

「あなたは?」

香田美佳が、新原に乾杯させようとする。
一人だけ乾杯の合図を待たず、飲んでいたからだ。

「かんぱーい・・・」

「元気のない返事ね・・・」

「オレンジジュースを飲む未成年と乾杯しても、しょうがねえじゃねえか・・・」
「グイッ!グイッ!」

突然、香田美佳がオレンジジュースを一気飲みしたかと思えば、

「私にもお酒ちょうだーい!ダメェ?」

「ハイ、ハイ、ハイ。俺が許可したよ。さあ、一気!一気!」

香田美佳に矢座明がビールをグラスに注いだ。

「グイッ!グイッ!グイッ!」

「プハーッ!」

「ちょっと、大丈夫?」

佐貫洋子が心配そうに語りかけた。

「へん!アイドルが何よォ!所詮は単なる女子高生じゃない。私も早く一人前の
女優になりたーい!!!」

「なれればな」

新原がからかい混じりに苦笑した。

「何よ。あんたなんか、へたれ演出家じゃない。何が『演出家の恋煩い』よ!」

「ちょっと、この子、酒乱だわ」

洋子が香田美佳の自宅まで付き添って行った。
香田美佳の携帯電話に着信が鳴った。
留守録で、

「明日も元気な姿で演技に励めよ。新原でした」

留守録を勝手に聞いた洋子は、

(新原さんって、もしかして、美佳の事が好きなんじゃ・・・)

と思った。
続く



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