第2話:天才児俊彦の才能

「よく来たなー。山内さん」

町長は心良く歓迎してくれた。

「堀口さんお世話になります。紹介します。これから養子にする俊彦と言います」
「あー、この子が朝、電話で話していた例の・・・」

「また、どうして住所不定で、記憶喪失なんて子を引き取る気になったのかね?」
「あのー、僕もどうしてここにいるのか解らないんです」

俊彦が答えた。

「すいませんねえ。こんな調子ですから」

「それはともかくどこに住んでいたのか、検討もつかないのかね」

「はい。記憶喪失ですから」

「あのー、僕は警察に引き取られませんよね」

「大丈夫だ。町長の私の許可を得ればの話だがね」

「どうすればよろしいですか?」

「この山形県で一番偏差値の高い山形航空高校に主席で合格できたら、住民の登
録を認めよう」

孝は、目を尖らせて町長にこう言った。

「そんなの無理じゃないですか。この子の学力がどれ程かは解りませんが、あの
山形航空高校に主席で合格するなんて・・・無理難題だ。第一、この子が航空業
の専門の学校を希望してるかどうかも分かりませんし。な、俊彦?」

俊彦は、少し間を置いてからこう答えた。

「僕も男です。それに記憶の謎が解けるなら、どんな試練も構いません」

「はっはっは!面白い少年だ。がんばりたまえ。約束はきっちり守るぞ」

「ありがとうございます。堀口町長!」

孝は威勢良く礼をした。
町役場を後にする山内孝と俊彦。これから用事があるので、遠回りして家に帰る
事になった。

「俊彦。山形牛と米沢牛、どっちがいい」

「何の料理?」

「ビーフステーキが好きか?なら、米沢の米沢牛がうまいぞ。すき焼きでもいい
な。冬だし」

「どっちでもいいですよ。僕、うまい物を食べた記憶が無いから」

「よし、それならこうしよう。今から俺の質問に答えられたら、米沢牛のビーフ
ステーキにしよう」

「それって、何か脈絡あるんですか?」

「いいから。黙って俺の質問に答えるんだ。男だろ?」

「ケーリーハミルトンの定理は?」

「ケーリーハミルトンの定理ですね。いいですよ。ちょっと待ってください・・
・外の空気を吸いたいから」

孝は、県道の野原のある適当な所で俊彦を降ろした。
俊彦は、ケーリーハミルトンの定理をまるで、数学の教師の様にいともたやすく
説明した。
俊彦は、腕を組みながら、休憩所でケーリーハミルトンの定理をたまたま持って
いたメモ帳にペンで書きながら、孝に説明した。

「いいですか?ケーリーハミルトンの定理は、行列に関する性質の一つで、これ
を使うと難しい行列の計算が楽になる場合があります。まず、A=括弧、縦に一
列目a,c、二列目b,dとしたとき、Aの二乗=(a+d)A−(ad−bc)E。分かりやす
く言えば、括弧、一列目a,c、二列目b,dの二乗=(a+d)×括弧、一列目a,c、二
列目b,d−(ad−bc)×括弧、一列目1,0、二列目0,1が成り立ちます。具体
例を言うと・・・」

孝は、俊彦のその説明にあっけにとられて、呆然となった。

「では、実際に試してみてください、実際に二乗を計算するのと同じ結果が出ま
すから。『それがどうかしたんですか』と思うかもしれませんが、この式をよく
見て」

「あ、・・・あぁ」

「左辺が二次で右辺が一次ですね。次数が違うんです。この次数の違いを利用す
ると、計算を楽にする事ができる場合があります。例えば、A=一列目、2,5,
二列目−1,3としたとき、Aの7乗は、Aの二乗×Aの二乗×Aの二乗×Aだ
から、Aの7乗=一列目、−910,9000,二列目、−1800,890と
なります」

「すごい!はっきり言っておじさん感動したよ。これなら、主席で合格も間違い
なしだ!」

「でも、3教科受けないといけないから、まだ分かんないよ」

冷静に答える俊彦。

「そんだけの頭もっでたら受かるべ。おっと、方言でちまった」

「あははは」

二人そろって、県道に走る数少ない車と対照的に笑いが重なって、大きく聞こえ
た。
二人は、米沢市の生協に寄って行って、孝が米沢牛を1000グラム買った。
米沢駅の公衆電話を使って、孝は自宅に電話した。

「もしもし?あ、お母さん?香織を呼んでくれ!すごいんだよ。俊彦がね・・・」
「はい。私よ。買い物でもしてきたの?」

「それがさ、俊彦の奴がすごいんだよ!あいつは、中学どころか、高校の数学ま
で理解してるんだ」

「そう。それで?」

「だから。降りるんだよ。町長から住民票の登録が特別にぃ!」

「法律に触れないの?」

「杓子定規に考えるなよ。何事も当たって砕けろだ!」

「私は、まだ家族と認めた訳じゃないからね」

「今夜は、米沢牛のステーキだぁ!」

「子供ね。ばっかみたい」

自宅に帰って来た孝と俊彦。
その日は、一家そろって豪勢に食事が行われた。
俊彦は、自分の部屋で勉強しながら、

(僕は、もしかしたら優秀な両親を持つエリートとして生まれたのかもしれない)
と思った。

続く



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