第8話:悲しき正体

「嬉しそうに・・・」

「嬉しそうに?」

「家で生活して、お父さん、お母さん、お婆ちゃん、お爺ちゃんって、呼んでく
れたじゃないか」

涙を流す孝。しかし、自分の本当の立場というものを分かっていない。自分の犯
した罪を。それでもいい。孝は、涙を拭いて、悲しんでいた。

「お父さん、お母さん、最後だけこう呼ばしていただきます。お爺ちゃんもお婆
ちゃんも呼んでくれますか?」

「ああ、ちょっと、待ってな」

孝は、静江婆さんと裕樹お爺さんを部屋から呼んできた。

「何じゃ?孝」

「何だい、孝?」

「俊彦が最後の別れを言いたいんだと」

「え?」

「記憶が戻ったのかい」

驚く裕樹爺さんとゆっくりとした口調で喋る静江婆さん。二人は、ダイビングル
ームにやって来た。

「お爺ちゃん、お婆ちゃん。お父さん、お母さん、いや、おじさん、おばさん。
今までお世話になりました」

「本当に行くの?」

香織が言った。

「うん」

「何じゃ。もうお別れか。達者でな」

と裕樹爺さん。

「俊彦や。お前さんの本当の名前は、何て言うんだい?」

「山下茂雄だ」

「そう。お元気でね」

静江婆さんは、初めて彼に出会った時の事を不思議そうに思っている。だが、あ
えてその事を聞こうとしなかった。俊彦が嫌がる事を承知して。

「それじゃ、さようなら。最後に孝おじさん。このいただいた10万円、必ず返
しに行きます」

「ああ、元気でな。山形駅まで送っていくよ」

「ええ。いいですよ」

「終電間に合わないだろ。こんな田舎じゃ」

「分かりました。ホントにありがと」

山下茂雄(自称)は、山内家を後にした。
山内家から車で山形駅まで2時間かかる。
町と言っても、山を越えないと、山形市までたどり着かないからだ。
山形駅に着いた。

「それじゃ、本当にこれでお別れだな」

「ああ」

「君は、結構、乱暴なんだな。言葉使いが」

「家でもこうなんだ」

JR山形駅の駅構内に新幹線がやって来た。
新幹線に乗り込んだ。自由席で結構すいてる。平日だからだ。
孝は、山下茂雄(自称)が席に座るのを確認すると、駅から出発していく新幹線
をいつまでも追って行った。
孝を窓際で一瞬見つめた山下茂雄(自称)。孝が走ってる姿を見て。

(本当に俺の事好きだったんだな・・・)

と思った。
19時33分に発車した新幹線。東京には、22時24分に着く。料金は、11
370円。後、88630円持っている。
東京駅に着いた。人通りをかき分けながら、山手線品川方面に乗った。その時、
22時35分。渋谷に着いて、結局、田園調布に23時13分に着いた。
彼は、タクシーを使わず、自宅まで歩いて行った。
山下家に着いた。ああ、何と豪華な家だろう。10億円はする家だ。田園調布の
1等地だ。彼は、チャイムを鳴らした。

「誰だ!こんな時間に」

彼は、その声の主に恐怖を覚えた。何と自分とそっくりの声だったからだ。これ
で、やっと事実が分かった。自分とうり二つのもう一人の自分がいる事に。

「山下茂雄だ」

「うわーっ!!!」

もう一人家の中にいた山下茂雄も声の主と、同姓同名の人物がいる事に驚いた。

「親父!」

「何か気持ち悪い人がいるんだけど」

「何だ。どれどれ」

「お宅は、どなたかね?」

インターホン越しに山下哲郎が喋ると、インターホンの映像に映っている人物に
驚愕の事実を覚えた。

「お前は、一体何者だ」

「山下茂雄だよ。親父、っても自分でも何だか分からないんだ。どうして、自分
が存在して、もう一人同じ人物がいるなんて」

「馬鹿な。こんな事、映画じゃあるまいし、信じられる訳がない」

その日の東京は、雨だった。彼は、自分の悲しき正体に悲しみのあまり涙した。
続く



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